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仲間と、朝の学び(千歳寺子屋)

いつも、いろんなことを氣づかせていただきます。


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恋とは、相手が持つ所有物(容姿・性格・富・仕事・家柄などの属性)に価値を感じて一時的に高揚する、「相手に受容されたり相手を支配することによって、相手と一体化したい」と願う感情である。

愛とは、自分という存在の価値認識と成長意欲から生まれるものであり、相手がただ存在してくれていることへの感謝ゆえに決断し、永続的な意志と洗練された能力によって実行しようと努力する、相手の幸福を願い成長を支援する行為である。

「生きがいの創造~スピリチュアルな科学的研究から読み解く人生のしくみ」福島大学教授 飯田史彦(PHP)

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私は、この愛の定義にしびれるのでございます。

かつて、曽野綾子さんが愛をこう定義しました。

「その人のために死ねるか」


そのときも衝撃的でした。


今、仲間たちと、ともに愛を学び(笑)、また衝撃をうけております。

愛の定義は、こう続きます。

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第一に、「相手」という言葉で表現するものは、「他者」だけでなく「自己」でもあり、さらに広い意味での「愛」は、人間以外の生命や自然、ひいては地球や宇宙などに対しても向けられます。

第二に、「愛」のエネルギー源は、「自分という人間がいかに価値ある存在なのかという認識」と「価値ある存在としてもっと成長したいという意欲」といいう二つです。これらは、いくら利用してもも減ることのない、永遠のエネルギー源として、私たち人間に与えられた宝物だといえるでしょう。

第三に、「愛」の動機は、その相手が持つ所有物に価値を感じるからではなく、「その相手がただそこに存在してくれている」ということに価値を感じ、感謝するからでなければなりません。そうでなければ、相手がその所有物を失ったり、より多くの優れた所有物を持つ別の相手と出逢ったりすると、「愛」そのものの成立基盤も失われてしまうからです。

第四に、「愛」を実行するためには、ある時点で、「その相手を愛そう」という明確な決断を下さなければなりません。決断を伴わない「感情」は、時とともに変化してしまうからです。

第五に、「愛」を実行するためには、永続的な意志が必要です。それは一時的な意志ではなく、愛する相手に何が起きようとも「愛」を継続するという意志であり、たとえ愛する相手が死を迎えて物質的な形を失ったとしても、その相手と過ごした想い出をいつまでも大切にし、その精神(意識体・魂)への愛を永遠に継続するという意志でなければなりません。その意味で、本当に愛し合う者同士にとって、「死」はひとつの通過点にすぎず、二人は永遠に「ともに生きていく」ことになります。「死が二人を分かつまで」という言葉がありますが、本当は死でさえも、「愛し合う二人を分かつ」ことはできないのです。

第六に、「愛」を実行するためには、永続的な意志だけでなく、洗練された能力が必要です。いくら「この相手を愛そう」という意志を持っていても、その意思を実現するためには、この物質社会、人間社会における「人生」と呼ばれる修行の場で直面する様々な試練を、上手に乗り越えていくための能力を身につけなければなりません。

第七に、「愛」が決断、意志、能力を伴うものであるならば、私たちは、その実行のために、惜しみなく「努力」しなければなりません。愛は、実際の言動として現実化させる努力をしてこそ価値を生むのであり、ただ、心の中に持っているだけでは発揮しないのでは、愛とは呼べないのです。

第八に、「愛」とは、その対象の幸福を願い、同時に、その対象の成長を支援することです。まず、前者の「幸福を願う」というのは「与える」ということを意味しており、その対象からさmざまな所有物を奪い取ってしまうことも多い「恋」との違いを明確にしています。そして、後者の「成長を支援する」というのは、「愛」の行為が、必ずしも無条件の「ゆるし」や無制限の「与え」のみでは成立しないことを念頭におき、対象の精神的成長をうながすためには、場合によっては「ゆるさないそぶりをすること」や「与えないでおくこと」も必要であることを示しています。

第九に、「愛」は「決断、意志、能力に支えられた行為」です。「恋」とは違って、単なる「感情」ではありません。「感情」というのは、自然発生的に生まれるものであり、一時的であって、永続性は保証されません。したがって、「あの時は好きだったけど、今はもう、好きではなくなった」という時、私たちは「恋」という感情について語っているのです。また、「これまで、あなたを愛していたけれど、いまは愛せなくなった」というのは、正確にいうと、「これまであなたを愛していると錯覚していたけれど、本当は愛してなどいなかったということに、いま気づいた」ということを意味しているわけです。

以上のように、九つの項目からなる深い意味をこめて、私は人生における「愛」の定義を行っています。私たちは、このような愛の実行に挑戦するために、人生という挑戦の場に生まれてくるのです。なぜなら、この人生という挑戦の場では、愛の実行を阻害するあらゆる試練が用意されているからです。それらの試練に負けないで、どのような場合においても十分な愛を実行できるまでに成長したとき、私たちは、「人間」を卒業できることができるのでしょう。

「生きがいの創造~スピリチュアルな科学的研究から読み解く人生のしくみ」福島大学教授 飯田史彦(PHP)

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今日は、学びを発信することで、ココロにとめておきたいと思いました。



みなさまが愛と光につつまれますように。




しあわせ連鎖プロデューサー
しおちゃん
(シオヤタカハル)























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2016.04.21 Thu l ツイてる日記 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

Re: 愛♪
きなり食堂 おか~やん さま

コメントありがとうございます。
北見に行ったとき、またワクワクで食べに行きます!
(手作り絵本も楽しみに)


2016.05.19 Thu l shio358. URL l 編集
愛♪
こんにちは。
なるほど・・・、なかなか文字で
表現できない「愛」をここまで言い表しているのは
すごいですね。
心のなかにみんな持っている「愛」を
それぞれに自分らしく表現できたら
素晴らしい世界が待ってますね~v-278
ついつい、条件を付けてしまいがちですが、
ブログを通していろいろ学ばせて頂いてます。
応援しております♪
2016.04.26 Tue l きなり食堂、おか~やん. URL l 編集

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